もめのめも書き

日常のエッセイ、仕事の記録など。

How old are you?

「でもこれがあたしよ(This is me)。私は今年三十四歳になります。(略)キャリアがあるわけではないけれど、でも心配はしていません。私は自分の可能性にワクワクしています。」「三十四歳。それがあまりにも若いので、(略)つい、にやにやした。」

 

山内マリコさんの「わたしたちよくやっている」の冒頭の短編、「How old are you?」の一部分。

 

たくさんの短編とエッセイが交互に現れて、幾パターンかのエピソードの中に、通底する女の人生のエッセンスがある。具体的に自分とシンクロするとこも多く、ぐさぐさと胸を突かれながらも、「このパターン、私だけでない」と安心もし、勇気をも得る。ちょうど私は三十四歳。

 

この年齢が「もう遅い」とかは決して思っていないのに、日常生活の雑談の中で、自ら「若くない」と収めて、くだらない笑いを産もうとしてしまうことが度々ある。30代くらいを「おばさん」「おじさん」タグ付けしてる瞬間は、俗な世論に迎合していると自分自身に虫唾が走っている。それでもつい、やってしまう。ピンクやレースを好む幼い少女に、「女の子らしいね」なんて言葉をかけて、「らしさ」を植えつけてしまう瞬間も。

 

本当は私は何を思っているの。そのことは、「世論」では間違っているの?

 

そういう時は、こうやって本とか、映画とか、救いがありそうな作品に手を伸ばす。

 

「あなたらしさは誰にも奪われやしないわ」

 

これは、映画「コレット」の中のコレットの母のセリフ。

実在したフランスの女流作家コレットの物語。14歳年上の人気作家ウィリーのゴーストライターとして執筆をした「クロディーヌ」が社会現象を巻き起こすほどのヒットに。以前に鑑賞した「THE WIFE」と似ているが、コレットの場合は、舞台での身体表現、自らの名での執筆と、恐れることなく自分の才能を世に知らしめていく。その傍には、男装の「女性」のパートナー。

 

夫の代わりに執筆をしている最中、コレットのセリフがあった。

「妻で終わらず、何かに触れていたいの」

多分だが、映画の終わりの、自分の道が開けた頃のコレットも、ちょうど三十四歳だった。

 

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