もめのめも書き

日常のエッセイ、仕事の記録など。

〔エッセイ〕再会と失敗。

最近、再会が多い。再会を受け止められる年齢になったと思う。

失敗したからだと思う。

もう少しフィットする、まどろっこしい表現に直すと、「その時の自分が大正解だったわけではないことを受け止めようと思えるようになったから」。

 

「挑戦をやめなければ失敗はない」など耳障りの良い前向きな名言があるけれど、一度立ち止まることを怖がらないで、失敗を受け止める時間を味わったらいいんだと思った。あー失敗だったな、ごめんなさい、自分も傷ついたけど、そんな自分で人も傷つけたよなーって。

 

10年ほど前に2回か3回会っただけの知り合いに、時を経てばったり再会した。

殻を破りたくて破れないともがいていた少女のようなその人は、のびやかにやりたいことを実現し肩の力の抜けた大人の女性になっていた。

彼女から見た私も「大人になった」という印象だったよう。

当時の私は、やりたいことと夢と希望に満ち溢れていて、ちょっと引いてしまうくらいのエネルギーだったと。「そうだったんだ!」と10年前の自分と対面から再会。

 

あかんかったなー恥ずかしいなーと、

一旦ちゃんと失敗を受け入れられると、再会が楽しい。

過去の自分に出会い、その時の記憶の断片が蘇る。

 

 

過去の記憶の点から新たな未来を歩める気がする。

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頻発する再会。ひとつの思い出のかき氷。